高橋克彦氏に言わせれば、「それは神が宇宙人だったからだよぅ♪」とマクドナルドのスマイルばりの爽やかさで答えてくれるに違いない。
が、この話は置いておくとして…。
人は生まれ落ちて、やがて天に召される。
人の一生を日本の宗教観で簡潔にまとめてしまうとこうなるのだろう。
天とは空なのか? 宇宙なのか? まぁ、高い所全般としておこう。
人工物以外で高い物というと、「山」や「木」、意味合いは変わるが「月」と「太陽」だろうか。
人間が自力でギリギリ辿り着けるのは山くらいのものかな。
登り始めは体力があるからどんどん進めるが、やがて体力が減りペースが落ち、ヘロヘロになりながら辿り着いた頂上の開放感!
有る意味、登山とは人生の縮図だと思うんだよな。
登る途中ですぐに諦めて帰ってしまう人は、普段もそんな生活を送ってしまっているんではないだろうか? たぶん。
じゃ、あの頂上での開放感は人生で言う所の「死」にあたるモノなんだろうかと本気で考えてしまったりする。
確かに天に召される感覚とはこんな感覚なのかと解る気がしなくもないが、案外ブラックホール並の完全な闇に包まれてしまうって落ちかもしれん。
登山客の大半が高齢者なのをみると、そう遠くはない時期に訪れるであろう「死」と言うモノに向き合う為に登っているのかなと密かに思ってしまう。
ま、おれも自分の死に様をぼんやり考えながら登っている事が多いからな…まだ30代前半だけど。。
そう言えば、山の頂上って三途の川のイメージにもにているかな?
頂上付近で急に混み出す様とか…。